瞳の健康

神経系

今回は眼の話題を1
角膜2 について、涙、角膜上皮、角膜内皮の観点からご紹介します。

角膜とは、俗に言う黒目の部分、瞳の事ですね3。コラーゲン繊維とタンパク質で出来た厚さ0.5mm程度の透明な膜でして、レーシック4による視力矯正手術ではこの部分をレーザーで削り取って光の屈折度合いを変えます。

角膜実質の外側、外気と接する部分は角膜上皮細胞が覆って保護しています。また、虹彩やレンズの存在する内側は、角膜内皮細胞が一層の細胞層を形成しています。

生体の構造と機能の中でも眼の部分は本当に特殊でして、物を見るという機能を実現するために他の臓器には無い特徴をたくさん持っています。

その最たるものは、透明で無ければならないと言う事でしょう。角膜を通過した光がレンズを通して網膜に像を結び、視神経を介して脳が光を映像として認識する訳ですから。

いろんな事に気をつけて、出来る事なら死ぬまでクリアな視界の中で暮らしたいと思いますが、最近ひどくなったシニアアイ5は年齢の上昇に伴う生理現象ですのでいかんともし難く、見えない書類相手に日々腐りまくっています。

涙の構造と機能

涙液6は、ただ単に眼の表面を乾かないようにしているだけでは有りません。

それ以外にもこんな機能があります。

  • 角膜の表面の凸凹を埋めて光が眼内に入りやすくする
  • 外界の病原体や異物を洗い流して眼の表面をきれいにする
  • 角膜に栄養や酸素を送り届ける
  • 怪我をした時に免疫細胞が来れる様にする
  • 瞬きがうまく出来る様に潤滑剤になる…

等々です。

これらの機能を発揮するために、涙液は特殊な3層構造でできています。
最も外側に『油層』、真ん中に『水層』、角膜上皮細胞に隣接して『粘液層』です。

油層は涙の表面にフタをしてほんの僅かの量でがんばっている水分が蒸発しないようにブロックしています。熱々のラーメンの表面に背油の油膜があると湯気が出ず、スープが冷めにくいのと一緒です7

油層の成分としては、ワックスや、コレステロールエステル等のエステル類が半分位を占めており、残りは遊離のコレステロール、リン脂質や中性脂肪、遊離脂肪酸で出来ている事が知られています8

一方、涙液の中心である水層には各種電解質やタンパク質成分が溶け込んでいますが、涙液に特徴的な組成をしていて、単純に血液の血漿成分が染み出してきたものではありません。

グルコースは血液の1/30の濃度ですし、タンパク質含量は8 mg/mL 程度で血液の1/8です。あと、血液中にはあまり無い尿素9が7~20 mg/dL と多めに含まれていたりもします。

特に異なるのはそのタンパク質成分の内容であり、ラクトフェリン、リゾチーム、涙液リポカリン10と各種免疫グロブリン類を含んでいます。

ラクトフェリンとリゾチームは外界から飛び込んできた細菌類をやっつけるタンパク質でして「だ液の中のはたらきものたち」にも出てきましたね。11

そして最後の粘液層にはヒアルロン酸や各種の糖タンパク質が入っています。ネバネバした性質を示す巨大高分子でして、角膜上皮細胞の表面が水を弾いてしまわないように、表面に水分を繋ぎとめるために働いています。

また、涙液はその他にも極微量成分としてフィブロネクチン12の様な細胞増殖因子で角膜上皮細胞の増殖と新陳代謝を支えています1314

更に、涙は空気中の酸素を取り込んで、角膜全体に届けます。次にお話する角膜上皮細胞も角膜内皮細胞も生きていく為には酸素を必要とします。15

しかし、角膜には血管が無いので血液が到達できません16。血管があったりしたら角膜は透明で無くなってしまい、眼が見えなくなってしまうからです。

ですので、角膜上皮細胞と角膜内皮細胞は酸素の供給経路としては涙液に頼る以外にないのです。

防腐剤の功罪

小さい頃から花粉症で、毎年、梅雨の前には眼の痒みと涙と鼻水とクシャミで顔面グチャグチャでした。

なぜだか25年程前に突然治っちゃったのですが、それまでは抗ヒスタミン剤入りのカユミ止め目薬とはお友達でした。

今でもたまに猛烈なカユミが出るので手放せませんし、VDT作業が続いた時など、眼のリフレッシュのために市販のスキッとする目薬が欲しくなります。

とても頼りになる目薬ですが、落とし穴があります。

粘膜へ投与するおクスリですので、目薬は注射剤と同様に無菌である事が日本薬局方の製剤総則で求められています。

ところが注射剤が大体は一回使い切りなのに対して目薬は何回もフタを開け閉めして使うわけです。当然、菌が入ります。

使用中は菌を生やしたくないので、目薬にはほとんどの場合、防腐剤17 が入っているのですが、添付文書への記載が義務化されていないので、あまり知られていません。

目薬の防腐剤としては塩化ベンザルコニウム18と言うのが主流でして、約8割の目薬に使われています。

これって思い切り簡単に言ってしまうと、石鹸の事です。

通常の石鹸は脂肪酸とアルカリの塩で出来ていましたが、BAKは元々アルカリの性質を持ちますので、逆性石鹸と言います。

イオンの組成をひっくり返した逆性石鹸はバクテリアの細胞膜のタンパク質を変性させる活性がとても高いのでこの目的にうってつけなのです。

ただ、要は石鹸ですので、当然角膜上皮細胞にもダメージを与えます。

目薬をさすのは高齢者、ドライアイ患者など、角膜が元々弱い人が多いです。しかも、目薬は長期間さし続ける事が多いし、1種類だけでなく何種類もささなければならない事も考えれば、その影響はバカに出来ません。

角膜上皮の小さなキズで眼の違和感を感じたり、ドライアイで目薬をさしてるんだけど一向に良くならない。違和感が大きいので更に余計に何回も目薬をさす。

よ~く眼科で調べてみたら、防腐剤で角膜を傷め続けていただけ、なんて笑えない話も耳にしますのでご注意ください。

瞳と酸素

コンタクトレンズの宣伝文句で「酸素透過性がこんなにもスバラシイ!」なんて言うのを良く耳にしますので、角膜に酸素供給が必要なのは、一般的に知られるようになりました。

でも、本当の意味で酸素が供給されないと角膜はどうなるか?についてもっともっと宣伝して欲しいなと思います。

コンタクトレンズ19は一般に広く浸透したとても便利な医療器具ですが、ハードだろうがソフトだろうが、多かれ少なかれ角膜への酸素供給の問題を持っており、角膜上皮と角膜内皮の健康に直接影響します。

角膜の上皮は痛みを感じるので、酸素不足のダメージが蓄積したときには眼がショボショボする等で自覚することが可能ですし、傷付いても数日あれば再生する能力があります。

ところが、角膜の内皮という奴は何も感じる事はなく、しかも、生まれたときに出来た一層の細胞膜は生涯増える事はありません。死ぬまで壊れ続けていくだけの一方通行なのです。

でも、この内皮細胞には角膜実質の内側から角膜全体の水分量をコントロールすると言う重要な役割があります。

水分量コントロールが効かないと、角膜は水を吸い続けるばかりでブヨブヨの状態になり、水疱性角膜症と言って透明性が維持できなくなります。悪化してしまうと失明し、角膜移植以外に治療の手段はありません。

とても重要な役割を持つ内皮細胞ですが、再生しないので一部が死んだ時には残りのメンバーがその部分を埋めて対処します20

年をとると自然に数が減少し、減少した分は生き残りがカバーするので、6角形は年齢とともにどんどんと大きくなっていくのです。しかも、コンタクトレンズによる酸素不足が続くと、減少速度が加速する事が知られています。

この一層の細胞シートは、1平方ミリメートルあたりの細胞密度で評価をします。いくら生き残りがカバーすると言ってもそこには自ずと限界があり、1500個/mm2以下になるとかなり危ない状態で、将来の白内障手術にも耐えられなくなる可能性があります。

ですので、長い事コンタクトレンズを使ってきたヒトは、眼科専門医で内皮細胞の検査をされるのがとても重要なのです。


おまけ解説

  1. 筆者は小学校の低学年から近視が強く、クラスで一番先にメガネをかける羽目に陥った。そうしたら、クラス中からイヂメられるわ、イヂメられるわ。だから田舎の学校って嫌いさ…と早期から異常にヒネクレた子供に育った。コンタクトも割と早くからつけており、眼の生理とか、眼の健康にはとても興味がある
  2. cornea:コルネア
  3. 白目の部分の表面は結膜:
    conjunctiva:コンジャンクティーバと言う
  4. LASIK:laser-assisted in-situ keratomileusis
  5. 素直に老眼と書けば良い
  6. lacrimal fluid
  7. 一緒か?
  8. 見てね <サイエンスお父さんの家庭内生物学講義> 脂肪酸アレコレ https://ytoku-science.fun/73/
    リン脂質と細胞膜 https://ytoku-science.fun/61/
    コレステロールから胆汁酸 https://ytoku-science.fun/32/
    中性脂肪 https://ytoku-science.fun/40/
  9. 尿素:お肌をしっとりさせるハンドクリームにも含まれている
    NMF :natural moisturizing factor と呼ばれ、元々しっとりさせたいところに分泌される
  10. 涙液リポカリン:昔は涙液アルブミンとか言っていた
    血液中のアルブミンとは全く関係の無い構造をしたタンパク質
  11. 見てね <サイエンスお父さんの家庭内生物学講義> 食物の消化 https://ytoku-science.fun/8/
  12. fibronectin
  13. あまりにも高度な角膜上皮障害の時には患者さんの血液から血清を分離し、それを点眼ボトルに詰めて点眼すると言う血清点眼と言う治療をする。
    これは、血清中の細胞増殖因子(例えばフィブロネクチン)の働きに期待している
  14. 血清点眼:保険診療でも認められている
  15. 見てね<サイエンスお父さんの家庭内生物学講義> 呼吸とTCAサイクル https://ytoku-science.fun/67/
  16. 市販の目薬には良く「アスパラギン酸」が入っているのを見る
    このアミノ酸はTCA サイクルですぐに利用できる形をしているので、角膜上皮の栄養補給と言う意味がある
  17. Preservative
  18. Benzalkonium chloride:BAK
  19. はじめて筆者がコンタクトレンズを付けた時は世界征服ができるんじゃないか、程の変化を感じた
    人生最大のインパクトであった
  20. 角膜内皮細胞の様子はスペキュラーマイクロスコープ : Specular Microscope と言う特殊な顕微鏡で観察する。
    角膜内皮細胞を観察するとハチの巣の様な6角形がたくさん見える。
    一個の6角形が内皮細胞の一個に相当。
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