3-3-9度方式

神経系

「三三九度:さんさんくど」と言えば、神前結婚式の進行の中で出てくる「夫婦固めの杯」の儀式の事1

遠い昔、筆者も実際にやった事はあるハズなのですが、どういう風なお作法だったのか、記憶があまりありません。ただ、巫女さんにお酒を注いでもらう時に、やたら緊張して杯がプルプルと震えて恥ずかしかったのだけは覚えています。

この儀式、3杯ずつ3度、盃のやり取りをするため、そう呼ばれるようになったと言われています。室町時代、武士の出陣の時、三献目を飲み干した後に杯を地面に打ち付けて叩き割り、大将がときの声を挙げて陣営を鼓舞する「三献の儀」がそのルーツだとの事。

さて、この言葉を引っ張り出してきたのは別に結婚式のお作法を解説したかったからではなく、医療の世界にも「3-3-9度方式」と呼ばれる指標がある事を思い出したからです。

筆者は、昔から医療ドラマとか小説2が好きで良く見たり読んだりするのですが、そのお話の中、例えば、交通事故の多発性外傷で緊急搬送されてきた患者の容態を伝える場面では…
「プルス150!、ドゥルック90の50!、レベル III-200!」等と叫んで、状況を周囲に知らせ、ワラワラと緊急処置が始まる場面が出てきたりします。

意味を知らないと何のコッチャとなる訳ですが、医療業界用語で、プルスとは脈拍、ドゥルックとは血圧の事3。そして、レベルと言っているのが「3-3-9度方式」で示された意識レベルなのです。

Japan Coma Scale

安全性情報の入力業務の中で、とある症例の有害事象の経過欄を見ていたら「開眼のまま意識消失」と言う、ビックリする文章に出くわしました4

皆さん良くご存知のように、医師の書く経過欄はとても達筆で読み難いのが常ですが、この調査票も例外ではなく、その文章中には何やら検査項目らしきアルファベットと II-30 ~ III-200 なる文字が見て取れます。

どうにも読めない時は、ヒトに聞きまくる、経験と知識を総動員して推測する等の対応を取るのですが、この形式で表わされるデータで、AEが「意識障害」ならば何の事か推測が可能。

「III-200」は Japan Coma Scale(JCS)と言う指標での表わし方で、意識レベルを評価する時に使われます。

JCS では、患者さんの意識レベルを、眼の開き具合5で I 、II 、III の大きく3つの段階に分けます。

” 何もせずとも、目を開けていられる様であれば ⇒ 【I】
” 何か刺激を加えると目を開けるけれど、放っておくと閉じてしまう様であれば ⇒ 【II】
” どんな刺激を加えても目を開けない様であれば ⇒ 【III】

としました。そして、それぞれの段階の中を更に軽症、中等症、重症の3つの段階に分けます。

例えば、I の段階の中で、
” 大体意識清明だが、いまひとつはっきりとしない ⇒ I-1
” 見当識障害6がある(日時、場所等が判らない) ⇒ I-2
” 自分の名前、生年月日が言えない ⇒ I-3

II の段階の中では
” 普通の呼びかけで容易に開眼する ⇒ II-10
” 大きな声または体を揺さぶることにより開眼する ⇒ II-20
” 痛み刺激を加え呼びかけを繰り返すとかろうじて開眼 ⇒ II-30

最も重症の III の段階では、
” 痛み刺激に対し、はらいのけるような動作をする ⇒ III-100
” 痛み刺激に対し、少し手足を動かしたり、顔をしかめる ⇒ III-200
” 痛み刺激に反応しない ⇒ III-300 の様に分類します。

まずは大きく3段階に分けて、次にその中を3つに細分化する。すなわち、3×3=9段階で表示する事から、JCSはまたの名を3-3-9度方式と呼ばれるようになったのでした。覚え易いので、俗称の方が広く知られていたりします。

元々は、脳卒中の外科研究会(今の脳卒中学会)の先生達が集まって卒中発作時の意識レベルを評価するために作り出したもの。

でも、覚え易いから、それ以外の意識障害の程度を評価する便利な指標として、今や救急隊員さんや看護師さん達も普通に使う程に普及しました7

だから、冒頭の様に脳卒中でなくとも普通に意識障害の有害事象情報の中に入ってくるのです。

さて、冒頭の患者さんは意識障害のために入院してしまいました。

「治療のため入院、又は入院期間の延長が必要となる」場合は、ICH-E2Aの取決めでは「重篤:Serious」症例です8

海外の提携企業との約束により、国外へも情報発信しなければなりません。そこでチョッと困った事が生じます。

Glasgow Coma Scale

例えば、’ JCS score was III-300 ‘ 等と、症例経過を直訳して海外に送ったとします。中身はなかなか通じないでしょうね。

少し説明を足して、’ JCS (Japan Coma Scale) score was III-300 ‘ ならばどうでしょう。やっぱり伝わらないハズです。

そこで、’ JCS II-30 (Japan Coma Scale II-30; temporarily arouse responding to stimuli ; only eye opening responding to verbal + painful stimuli) ‘ とか、’JCS (Japan Coma Scale) score was III-300 (did not respond at all or with change in respiratory rhythm). ‘の様に内容をかなり補足してあげることでようやく所期の目的が達せられるのです。

だって、海外のヒトは Japan Coma Scale って知りませんから。

英語圏のヒト達は、国際的な意識障害スケール:Glasgow Coma Scale (GCS) 9と言うのを使っているので、JCSなんか知らなくても不自由しないのです。

それでは、両者の違いを見てみましょう。

GCSの観点は、目を開けているか、手足を動かすか、言葉を話すか の3つです。これらの事柄を「自由に出来る」~「全く出来ない」の間で段階に分けて点数をつけます。

開眼機能(Eye opening)⇒【E】
4:自発的に、または普通の呼びかけで開眼
3:強く呼びかけると開眼
2:痛み刺激で開眼
1:痛み刺激でも開眼しない

言語機能(Verbal response)⇒【V】
5:見当識が保たれている
4:会話は成立するが見当識が混乱
3:発語はみられるが会話は成立しない
2:意味のない発声
1:発語みられず

運動機能(Motor response)⇒【M】
6:命令に従って四肢を動かす
5:痛み刺激に対して手で払いのける
4:指への痛み刺激に対して四肢を引っ込める
3:痛み刺激に対して緩徐な屈曲運動
2:痛み刺激に対して緩徐な伸展運動10
1:運動みられず

それぞれの評価点を並べて、E3V4M5 の様に表記し、総合点を出します1112

日本の有害事象報告が最初からこの形式で来てくれれば、そのまま訳して、Her conscious level at arriving was E3V5M6/GCS (Glasgow Coma Scale) and cold sweat was observed. の様に海外へ情報を送ればOK。ラクチンですね。

ですが、それぞれの地域や国で事情が異なっていたり、自分のところで作った規格は大事にしたり、根強く使っているヒト達が変更に対して抵抗したりでおいそれとは共通化できないのです。

じゃあ、JCSの値に相当するGCSの点数を計算すれば良いのでは? と言いたくなるのですが、そもそも評価軸の取り方が元から異なるのはご覧の通り。ポンドをグラムに換算するのと違い、単純に換算するわけにもいきません。

意識レベルを表わすもっと良い評価方法が出てきて、あっという間に世界制覇してしまえば話は別なのでしょうが、そうでもない限り、こうした不都合は当分解消されないのだろうなと感じます。


おまけ解説

  1. 三三九度の杯は大中小の三段重ねになっていて、それぞれを新郎と新婦で酌み交わす。一番上の小さな杯は、まず新郎が口をつけて新婦に回し、二番目の中位の杯は新婦が先で新郎へ。三番目の大きな杯はまた新婦から新郎に返す。こうして重ねて9回お酒を酌み交わすことで縁を結ぶ。杯を頂く際の作法は、御神酒を3口で戴き、一度目と二度目は軽く口につけるだけで、実際に飲むのは3口目。3という数は昔から非常にめでたい数とされ、それが3回重なることで3×3=9となって三三九度というように世間で言われている
  2. 医療ドラマ:古くは山崎豊子の「白い巨塔」、中島らもの「今夜、すべてのバーで」。ここ数年では海堂尊「チームバチスタの栄光」とか、漫画では「医龍」「ブラックジャックによろしく」など。TV ドラマだと松島奈々子、江口洋介の出ていた「救命病棟24 時」のテーマ音楽が好きであった。
    救急医療をモチーフにした小説で、深刻な状態で救急車で搬送されて来る患者さんの容態は「DOA:Dead on Arrival」(到着時死亡症例)と言う言葉で表わされていた。最近では、「CPA:cardiopulmonary arrest 」(到着時心肺停止状態)と言う言葉が使わ
    れている事に気付く。これは、医療技術の進歩により、たとえ心肺停止状態で運ばれて来たとしても、適切な救命を試みれば蘇生可能な患者さんが多いからで、「死亡」という表現をやめた事が理由。
  3. どちらもドイツ語由来の慣用的医療業界用語。最近はあまり耳にすることはない
  4. 「開眼のまま意識消失」と言うのは、実はJapan Coma Scale での評価が難しい。JCS では、眼の明け具合でもって患者の覚醒状態を最初に大きく分類してしまうから
  5. 眼の開き具合 ⇒ 正確には、覚醒の状態の事を言っている
  6. 見当識障害:人や周囲の状況、時間、場所など自分自身が置かれている状況などが正しく認識できない状態。「ココはどこ? ワタシはだれ?」
  7. 交通事故で頭部を受傷したときに、意識障害が生じる事があるので、そうした障害の評価時にも良く使われる。意識障害とは,周囲の環境を認識し理解する事、その環境に対して自発的に対応・対処して合理的な話しや体を動かす事、自己表現する事、これらの事を記憶していることが障害されている状態と定義される。
    意識障害が時間の経過とともにどのように変化していくかを観察することが、頭部外傷の診断・治療のときには重視されている
  8. ICH:International Council for Harmonisation of Technical Requirements for Pharmaceuticals for Human Use の略称。日・米・EU の3極間で医薬品の各国行政のために要求される資料を調和(共通化)することによって、医薬品開発の迅速化・効率化を目指す会議の事。ICH の会議によって協議・合意決定された取決め事項を「ICH ガイドライン」と呼び、それぞれの国の行政に取り入れられる
  9. Glasgow Coma Scale (GCS)は、1974 年に英国のグラスゴー大学によって発表された意識障害の評価分類。現在世界的に広く使用されている
  10. より専門的に言うとすれば、3は「除皮質姿勢」であり、2は「除脳姿勢」
  11. GCS の最高点は4+6+5=15 点、最低点は1+1+1=3 点。このような総合点を使えば、JCS よりは統計処理に使いやすい。でも、ある患者さんのGCS が8点の時の内訳が、3+3+2か、2+5+1 か、で意味が異なるから中身も重要
  12. テレビドラマ「ER」などで、救急隊員が患者を緊急移送して来た時にER の医師に「患者は40 才男性。車にはねられ受傷。血圧は120/80 でGCS6点。」などと言っている。
    頭部外傷などでは、GCS が8点未満の患者さんは重症で予後は不良の事が多いので緊急来院時の点数である程度の重症度、緊急度がわかる。
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