コロナウイルス

免疫系

COVID-19の世界的流行が収まらず、日本でも緊急事態宣言で感染拡大防止が叫ばれる様になってから、在宅勤務がすっかり板についてしまいました。

東京都が、人流を減少させるために松尾アニメ1とコラボしてまでステイホームを呼びかけているのを見て、ついにここまでやらないといけない段階に来たのか、と愕然としています。

収束の先が見えないのは、ヒトからヒトへの感染の最中にウイルスの変異が次々と起こり、一部には免疫システムをかいくぐる者や感染力を強めた者が出てくる事が大きな要因です。

昔々、ウイルス学教室にいた身2としては、過去の知識を総動員して、今何が起きているのか考えてみました。 3

COVID-19

ウイルスが発見された2019年と“corona-virus disease”(コロナウイルス疾患)から
COVID-19と命名され、最初は中国の武漢で発見され、今や全世界に蔓延しています。

コロナウイルス2(SARS-CoV-2)という種類のウイルスで、SARS(重症急性呼吸器症候群:severe acute respiratory syndrome)と呼ばれ2003年に流行した感染症や、2012年頃に流行したMERS(中東呼吸器症候群:Middle East Respiratory Syndrome)原因ウイルスの親戚筋です。

昔のウイルス学の教科書を引っ張り出して、どんな事が書いてあるのか調べてみたところ、全部で500ページもある専門書4なのに、コロナウイルスの説明はわずか6行でした。

“単鎖のRNAウイルス。エンベロープをもった多型性のウイルスで平均100nm程度の粒子。外側にクラブの形をしたペプローマ5が突き出し、一見王冠の様に見えるのでこの名がある。コロナ(corona)はもちろん王冠である。コロナウイルスにはヒト、トリ、ウシ、ブタ、マウス、ラット等6に感染するそれぞれのウイルスがある。ヒトのコロナウイルスは上気道に感染するかぜウイルスである”

医学部の講義で使われた教科書ですが、病気の原因となるメジャーなウイルスではなかったので、ウイルス研究者が振り向く事はなく、この程度の扱いだったのですね。

古過ぎて全く役に立たない教科書ですが、コロナとは、王冠の事であると言う新しい知識を得たので良しとしましょう。学生時代にお金に苦労しながら専門書を買っていた切ない記憶があるので、いまだに捨てられないのです。

変異って何

生物は自分自身の遺伝子のコピーを作りながら、子孫にその性質を伝えていくのですが、コピー能力は完ぺきではなく、一定の確率で間違えてコピーします。7

驚くような事ではなく、生物の遺伝子は常に変異していて、それはウイルスでも変わりません。

コピーミスにより、遺伝子のコードするアミノ酸が変わってしまう場合8は、そのほとんどが生存に不利な事が多いので、次世代に変異が引き継がれる事はまれですが、逆の場合も発生します。

ウイルスであれば、より感染しやすく変異した場合が考えられます。

コロナウイルスは粒子の外側に「スパイク」と呼ばれる糖タンパク質を持っており、これがヒトの細胞表面の特定のタンパク質(受容体)に結合するところから感染が始まります。

受容体とスパイクの結合の強さを表すのが親和性ですが、親和性が強いほど体内で次の細胞へ伝播する確率も、ヒトからヒトへ感染する確率も高くなります。

変異の中には、このスパイクのアミノ酸配列を変えてしまうものがあり、受容体への親和性が高くなる変異はウイルスの生存に有利であり、ヒトにとってはとても厄介な存在であるのはご理解いただけるでしょう。

変異の型

ウイルス変異株発生と流行のニュースなど聞いていると、様々な変異株の名前が出てきます。B.1.6179とか N501Y、E484Kと言った無味乾燥な名前ですが、どういう変異なのかを名前が表している場合があります。10 11

例えば、今話題になっているN501Yはウイルスのスパイク糖タンパク質の501番目のアミノ酸がN(アスパラギン)からY(チロシン)に変異したもの。一方、E484Kは484番目のアミノ酸がE(グルタミン酸)からK(リジン)に変わったものです。12 13

スパイク糖タンパク質は、細胞の受容体に結合するものでしたね

英国由来のN501Y変異を持つB.1.1.7株は感染力が高くなるタイプと判っていますので、アミノ酸の構造が変わった事によりその性質までもが変わってしまったのだと理解することができます。

この様に遺伝子だけが変わったのみならず、その性質も変わった場合「表現型が変わった」と言います。

今、ウイルスの変異でこうした表現型の変化が起こる事が続いていますので、世界中で遺伝データなどを共有するデータベース「GISAID」14を使って変異ウイルスの発生に目を光らせている訳です。

免疫をかいくぐる

世界規模のCOVID-19パンデミックの克服のために、ワクチン接種が急がれています。15

ワクチンにもいろいろ種類がありますが、RNAを利用してコロナウイルス抗原を体内で発現させるタイプのファイザー社やモデルナ社の物。別のウイルスにコロナウイルス抗原を発現させたタイプのアストラゼネカ社の物が現在先行している様です。

いずれのワクチンも、有効な免疫応答を起こさせるのにどのウイルス抗原を選ぶと有効かを研究した結果、承認されたワクチンの接種が始まるわけです。

でも、もし、選んだ抗原部分でウイルスの変異が起こってしまったら?と言うところも非常に関心が持たれています。

例えば、ファイザー社のワクチンは、“BNT162b2 is a lipid nanoparticle-formulated, nucleoside-modified RNA vaccine that encodes a prefusion stabilized, membrane-anchored SARS-CoV-2 full-length spike protein.”とのことなのでスパイクタンパク質の全長が抗原です。 16

事実、E484K変異の場合には中和抗体による感染防御効果が減少しているのでは無いか17との懸念が出てきており、そうであれば、今後、変異に対応した治療や予防が必要になってきます。

新たな変異が出てきた場合、そのウイルスの感染力は強いのか?、症状を悪化させるのか?、そして現在接種されているワクチンは効くのか? が重要な問題。

つい最近、インドで爆発的感染を引き起こしている2重変異ウイルス(B.1.617株)18は、スパイクタンパク質中にL452R19とE484Q20の2つの変異を持つ事からこう呼ばれます21が、もしかしたら宿主の免疫システムをかいくぐる能力を持つかもしれないと研究が進められています。

世界中の研究者たちがコロナウイルス感染を抑えるための研究を続けている真っ最中ですが、そのスピードが感染拡大に負けないように祈りながら、少しでも感染爆発を防ぐために我々はステイホームしている訳です。

おまけ解説

  1. 筆者が最もよく見ているYouTubeチャンネル
  2. 実は、当時HIVの勉強しかしていなかった
  3. <サイエンスお父さんの家庭内生物学講義> HIV感染 https://ytoku-science.fun/133/ 見てね
  4. VIRUS:Medical and Biological Aspects「ウイルスの研究」(同文書院) 福見秀雄、渡辺格編集 昭和59年4月15日発行 定価16000円
  5. ペプローマ:ウイルスエンベロープ上の糖タンパク質スパイクの事。現在ではスパイクと呼ぶのが主流。
  6. 当然、この時代の教科書にはコウモリとかは書いていない
  7. <サイエンスお父さんの家庭内生物学講義> みんな違う https://ytoku-science.fun/214/ 見てね
  8. アミノ酸配列が変わらない場合はサイレント変異と言います
  9. 分類系統名:世界共通の系統分類方法である Pangolin(COVID-19 Lineage Assigner Phylogenetic Assignment of Named Global Outbreak LINeagesにて定められる https://cov-lineages.org/lineages.html
  10. <サイエンスお父さんの家庭内生物学講義> アミノ酸 https://ytoku-science.fun/50/ 見てね
  11. <サイエンスお父さんの家庭内生物学講義> 遺伝の暗号 https://ytoku-science.fun/180/ 見てね
  12. ナカライテスクさんのWEB ページ参照 https://www.nacalai.co.jp/information/trivia2/10.html
  13. 貞廣知行 (さだひろ=ともゆき)さんのWEBページ アミノ酸の略号 http://nomenclator.la.coocan.jp/chem/text/aminosym.htm
  14. Global Initiative on Sharing Avian Influenza Data https://www.gisaid.org/
  15. <サイエンスお父さんの家庭内生物学講義> ワクチン https://ytoku-science.fun/130/ 見てね
  16. Safety and Efficacy of the BNT162b2 mRNA Covid-19 Vaccine N Engl J Med. 2020 Dec 31;383(27):2603-2615. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33301246/
  17. 東京医科歯科大学の報告 https://www.tmd.ac.jp/archive-tmdu/kouhou/20210218-1.pdf
  18. Coronavirus: ‘Double mutant’ Covid variant found in India https://www.bbc.com/news/world-asia-india-56507988
  19. 452番目のロイシンがアルギニンに変わった
  20. 484番目のグルタミン酸がグルタミンに変わった
  21. 実際は G142D、L452R、E484Q、D614G、P681R など多数の変異が観察されている。そのうち保健衛生上の脅威となる変異が2つあると言う意味の警告である
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